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ドクターユキオフィストップ
>> ようこそ! ドクターユキオフィスへ >>俣野成敏氏

ようこそ、ドクターユキオフィスへ!


社長、経営コンサルタント、発明家、数々の資格・学位取得者としてジャパン・ビジネスの波間をしなやかに駆ける臼井由妃が、時代を牽引するゲストに迫る対談コーナーです。
毎回、各界をリードする著名人を迎え、とびっきりのトークをお送りします。
連載第三回のお客さまは俣野成敏氏。
東証一部上場の某企業に8年間勤務した後、社内起業制度でベンチャー企業をスタート。
功績が認められ、事業立ち上げから2年で独立法人化したのを機に役員に就任。
独立後1年で年商4億円の企業に育て上げ、ビジネス界の注目を一身に集める人物です。
 ドクターユキならではのシャープ&ホットな質問、にゲストの意外なホンネが飛び出すスペシャル・トークをお届けします。。

PROFILE
俣野 成敏 
NARUTOSHI
MATANO

1971年1月15日、福岡県北九州市門司港に生まれる。現在は東京都在住。某東証一部上場企業で約8年間普通のサラリーマンとして勤務しつつ、「このままで良いのか?」との疑問を抱きながら、悶々とした日々を過ごす。海外赴任中、社内起業制度が設立され、背水の陣でベンチャー事業をスタート。年功序列の終身雇用に別れを告げる。事業開始約2年でその功績が認められ、事業が独立法人化されて、そのまま新会社の役員に就任。独立約1年後には、年商4億円規模の企業にまで育て上げる。全国版のビジネス系雑誌3誌に取り上げられるなど、ビジネス界からの熱い注目を浴びている。一個人としての立場から発言を綴るブログ「普通のサラリーマンがこうして4億円企業を創った - 経営で得た気付きを独自の観点から紹介するお役立ちブログ -」(http://winwinproject.livedoor.biz/)は大手人気ブログランキングの社会経済カテゴリーの「社長ブログ」ランキングで5位(2005年9月下旬現在)にランクインするなど、経営者や経営者を目指すビジネスマンたちの間で人気を呼んでいる。自民党本部が選んだ33人のメルマガ/ブログ作者の一人。
PROFILE
臼井 由妃
YUKI USU
I

1958年生まれ。東京都出身。東京家政学院短期大学家政学部卒業。株式会社健康プラザコーワ代表取締役。短大卒業後、さまざまな職種を経験し1991年、33歳で28才年上の夫と結婚。同年、病気を機に一線を退いた夫にかわり健康器具販売会社経営の道に。1995年に発明した男性機能補助用具「パワーリングネオ」は、2005年現在40万個を売る大ヒット商品に。1998年「健康医科学博士号」、ハワイアンカレッジより「名誉学術博士号」、2000年「経営学修士(MBA)」、2001年「理学博士号」を取得。平凡な主婦が社長に転身、5年で100億円企業に成長させる。現在、起業プランナー、経営コンサルタント、発明家、作家として活躍中。健康・美容・ダイエットの分野にも精通し、若い女性に多くのファンをもつ。全国で行われる講演は年間約100件にのぼり、官公署、地方自治体、学校法人、中小企業団体など幅広く行っている。2003年、日本テレビ系「マネーの虎」に出演。温かさと厳しさが備わったコメントにより人気を博す。「忙しい人の即効!勉強術」「Dr.ユキの楽学合格法―資格で億万長者になる」「金なしコネなし経験なし社長の超・経営術」等著書多数。


臼井「今日は俣野成敏さんをお迎えしております。まずはお互いの第一印象についてお話をさせていただきたいのですが」

俣野「わかりました。お会いするのは初めてなんですが、写真とかホームページとか、テレビではよく拝見してます。テレビなんかだと割りと“シャキッ”とされてるイメージがあるんですが、実際はほんわかしていて家庭的なイメージですね」

臼井「謎の人物を演じているんです。人間って顔がひとつだと面白くないから。『あるときは〜』みたいなのを演じてるところがあって。今日は割とパーティーの時みたいにほんわかしてますけど。実際の私というのは、のほほんとした感じなので、多分今見たままだと思います」

俣野「TPOに合わせてモードを切り替えてらっしゃるんですね」

臼井「私のほうの俣野さんの印象は…ブログをよく拝見してたんですが、お生まれは1971年ですよね? お写真を拝見したり、歳の差なんかを計算しているうちに、これはだいぶ若者だぞと思ってたんですけど、いざお会いすると話し方なんもすごくしっかりしてらっしゃって、かなり大人なイメージですよね。ただ、社内起業される方って、私の場合は100%ほめ言葉なんですが、ちょっと“変わってる”って印象があります。写真よりはお若い、でもしっかりした大人なイメージ、非常に楽しみな若者だと思っております」

俣野「ありがとうございます」

臼井「では、私のほうから質問をさせていただきます。起業ブームと言われて久しいですが、社内起業を目指されたキッカケを教えてください」

俣野「小学校・中学校・高校・大学と何のつまずきもなく通ってきて、特にやりたいことが見つからなかったんですね。まあ親の期待とか世間の評価っていうのは、大学出て良い会社に入って、それでよかったね、あとは定年まで勤め上げて…っていうイメージが未だにありますよね。それで実際会社に入るところまで行ったんですよ。ところがいざ会社に入ってみたら、この会社でこの先40年、どこがゴールなんだろう…と。この場合の“ゴール”って、だいたい会社のトップを考えるわけですよね。それで、会社に入ってトップの方たちとなるべく会話をするようにしたり、動向を目に入れるようにしたりしてたんですよ。ところがそのトップっていうのは、私がこれから何十年かかけて目指していくゴールなのか?ということを考えたときに、すごく違和感があったんですよ」

臼井「それは入社してすぐに思ったんですか?」

俣野「すぐじゃないですよ。入ったときは目の前のことを一生懸命やるしかなかったですから」

臼井「そうですよね。余裕ないですもんね」

俣野「時期としては、入社から3年ぐらい経ったときですかね」

臼井「一通り見えてきて…」

俣野「そうですね。とりあえず狭い範囲なんですけど、余裕を持って職場のことや周囲のことを見渡せるようになってきた頃ですね」。

 

臼井「そのとき、たまたま会社の制度なりで、社内起業制度などがあったんですか?」

俣野「まだその時はありませんでした。同じ部署でずっと同じような仕事をしていると、これはダメだなと思ったので手を挙げまくって、いろんなところに異動させてほしいと」

臼井「その時点で、同じようなモチベーションの方っていらっしゃいました?」

俣野「いなかったと思います。だからもう“異端児”扱いですね」

臼井「『狙いは何だ?』って、みんな思いますよね。その行動が」

俣野「そうですね。それから海外駐在なんかをしながら、変わったことを変わった路線で歩んでいたと思います。でも、そのままその会社で頑張れば、あるポジションまで行けたかもしれない。ところが、私は外に出てセミナーとかに参加して勉強をする機会も設けてたんですね。そこで中小企業の社長さんなどと仲良くなったりしたんです。そういう人たちって、意識がものすごく高いじゃないですか。なおかつイキイキしてるように見えたんですね。そういう世界にすごく共感したし、憧れもしたんですよ。その時に、結構な大企業の中にいて、いきなり独立起業っていうのは敷居が高い。ひとつの分野を掘り下げてやってても、経営者の勉強っていう面では全然足りないんですよ」

臼井「正直言って、できませんね」

俣野「できません」

臼井「ある意味スペシャリストにはなれるんでしょうけど、経営者ってゼネラリストだから」

俣野「その通りなんです。これは今飛び出しても大変な冒険になるな、という風に考えたんですね。じゃあ『転職』という選択肢もあったんですけど、転職しても同じじゃないですか。会社の規模は多少変わるかもしれないし、やってることも変わるかもしれないけど、結局同じような悶々とした気持ちを持ち続けるんじゃないか、と考えたんです。そんな時に、たまたま社内起業制度が設立されて、それに手を挙げたんです。いざ起業する時には、『いい度胸をしている』と言われましたね。いまだに『よく思い切ったね』と言われます。でも、僕に言わせれば、大企業にずっと勤めていても、“ゴール”という終着駅は見えているんだけど、そこへ向かってひたすら歩いていくだけが目標というか、そのゴールにたどり着けるかどうかもわからないのに、ひたすら大企業に居続ける方がいい度胸しているな、と思えたんですね。だからいきなり独立起業する前に、経営者として僕の出した条件は『全部任せてほしい』ということだったんです、そのかわり、もし失敗したらその会社を去らなければいけない。その代わり、資本に関しては明晰であると。要するに借金を抱えても、会社と株主の責任だから。という条件で」

臼井「良い条件だな、それは」

俣野「その代わり失敗したら退社して、戻れないんですね。まあ、あとに戻れないってことで。条件としては良いと思ったのが、そういった意味で経営者としての修行ができるってことですよね」

臼井「それは恵まれてますよ。まあ戻れないっていうリスクはあるけど、経営者になるリスクよりも10分の1、100分の1以下ですから。それは私だったらやりますね」

俣野「だから、そこは迷わなかったですね。前回の丸山学さんのお話で『奥さんにどうやって交渉しよう…』というくだりがありましたけど、。僕の場合逆だったんですよ。うちのカミさんの場合はね、『今の会社であなたいくら貰ってるの? それぐらいの給料、それくらいの年収だったら他でも稼げるでしょ』と」

臼井「“良い奥さん”って言って良いのかな」

俣野「“度胸が良い”奥さん(笑)。2、3年してダメだったら、また就職すれば良い、と。その時まだ30歳くらいだったんですよ」

臼井「まあ年齢的なこともありますよね」

俣野「世の中で転職の年齢って何歳まで、と言うけれど、まだ大丈夫でしょう?」

臼井「まあ、やる気になればね」

大人気ブログランキングでも常に上位ランクインしている俣野氏のブログ「普通のサラリーマンがこうして4億円企業を創った」
http://winwinproject.livedoor.biz/


俣野「カミさん的には『大丈夫でしょう』だったんですね。『だって、そこで失敗しても借金が残ることがないんでしょう』と。逆に背中を蹴飛ばされた感じです」

臼井「奥さんも素晴らしいけれど、タイミングですよね。例えば俣野さんの年齢が40歳を過ぎてたとかだと、どうしても保守的になるし、経験則でものを言うから、以前こういうことをやった人がいて、失敗したら自分もああなるこうなるって、全部描いちゃうでしょ?」

俣野「と思いますね」

臼井「当然失敗することは考えたと思うんですけど、どうなんですか?」

俣野「考えました。考えたのは、失敗しつくした場合、全部失敗したときにそれでも立ち上がれるかってことですね」

臼井「余力がね」

俣野「そう、余力があるかどうか。精神的にもそうだし、もちろん肉体的・体力的な問題もそうでしょうね。で、そのとき考えたのが、3年ぐらいががんばって、事業の可能性を示唆したいということだったんです」

臼井「なるほど。社内起業に手を挙げたときに、何年間でこういうことをしようという目標設定っていうのは、具体的に提案なさったんですか?」

俣野「はい。一応シミュレーションしました。今やってるのは小売業なんですね。2年連続で赤字を出した場合、親会社での役員会でこの事業の存続性について可否を問うよ、と。いわゆるターミネイト条件があったんですね。その代わりうまくいったときは、インキュベーター的な会社の事業部を独立法人化させて、そこの経営者になりなさいと、こういう条件だったんですね」

臼井「今の話をお聞きして、社内起業って形はなかなかできないですよね。制度ありきの話だから、そういう意味では恵まれてますよね」



退職の日まで、会社に貢献することを考えて仕事をしていました臼井「今、俣野さんの周りには起業したい人が沢山いると思うんですけど、そういう人たちを見てどう思われます?」

俣野「残念ながら一部上場の企業や、以前勤務していた会社にはそういう人は少ないですね」

臼井「いわゆる大企業には居ないと?」

俣野「少ないと思いますよ。どうやってその場に残るか、むしろそちらの方に意識が行ってますね。我々の年代でも既にそうです」

臼井「そうですか。守りに入ってるってこと?」

俣野「そうですね」

臼井「大企業ってポストの数が限られてるじゃないですか。社長になれる確率なんて宝くじより低いし、専務や部長なんかも、数は決まっていて増えるものではない。さらに、なんだかんだ言っても年功序列な世界の中で、みんな会社にすがっているって感じですか?」

俣野「そういう印象ですね。結局上に行く人はどういう人かっていうのはアウトロー的な人じゃないんですね。大企業が好きなのは失敗しなかった人」

臼井「まあ、それは会社にとって一番重要なことではありますからね」

俣野「ただ、やっぱりトライをしないと。拡張性と言うか発展性っていうのは、トライがないと弱いかなって気がしてるので」

臼井「まあ、今“起業”というカテゴリーでは、国の中小企業支援対策があったりだとか、『1円で会社が出来る』って本が人気を呼んだりだとかで、『会社を作るのって簡単なんだ、1円でできちゃうんだ』なんて、みんな思っちゃうわけですよ。本当は1円で会社を作れるわけじゃないし、そんなに簡単でもないんだけど。私自身の会社の話になりますが、そんな背景があって、一部上場や二部上場のいわゆる大企業にお勤めになってた人が、自分の立場が社内になくなると、『中小企業だったら自分の今までやってきたことが活かせるんじゃないか?』ってことで私の会社の面接を受けに結構来るんですよ。そのときにいつも言われることが、『僕は○○会社の○○というポストで何をやってた』っていう言い方なんですね。私は、どういう仕事をどういうモチベーションでやってきたかっていうことを聞きたいんだけど、多くの方は『部長をやってました』とか…」

俣野「部長っていう“仕事”をやってたってことですね」

臼井「そう。だから部長は仕事じゃないよ、と。こういうちぐはぐな面接がかなり多いんですよ」

俣野「僕も感じるところですね、そこは。だから僕、ブログには名前と顔すら出してなかったんですよ、最初は。未だに会社名は出していませんけど。なぜブログを始めたかというと、大企業の看板やブランドネーム抜きで、私個人が流す情報でどのくらいの人が振り向いてくれるかってことを知りたかった。ブログのもうひとつ良いところは、自分との対話ですね。自分が事業で失敗したりしながら試行錯誤してきた、それは自分に対しての記録なんですね。誰かに読んでほしいっていう色気はあんまりないんですよ。普段部下たちに話していること、自分にこれだけは忘れるなよというメッセージです。」

臼井「今言われたことでピンときたんですけど、ブログをやっていることの意味っていろいろあると思うんですけど、人によっては見せることを意識しちゃってるブログって多いんですよ。それも良いんですけど、読者に対して過剰に反応してしまったり、単なる受けねらいだったり、そういうブログって多いですよね。そうじゃなくて、自分との対話っていうのは重要だと思います」

俣野「自分との対話の中に、新しいアイデアが湧いたりするので、そういう時間とか機会は必要ですよね」

臼井「変に読者を意識しちゃったり、肩肘張っちゃったり、カッコつけちゃったりすると、本当の個性というものが薄れてしまう気もしますよね。そういう意味では、俣野さんのブログは素直というか、人柄が伝わってくる感じがするんです。書いてある内容もそうなんですけど、俣野さんの人柄に惹かれて、いろんな人がブログに訪れているんじゃないでしょうか」。

 

 

後編へ続く→


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