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ドクターユキオフィストップ >> ようこそ! ドクターユキオフィスへ >>松尾 昭仁氏


ようこそ、ドクターユキオフィスへ!

今回は、1967年埼玉県生まれ、松尾昭仁氏をお迎えしました。
松尾氏は大学卒業後、人材サービス企業に入社するも、2年半で退職。紆余曲折を経て、平成14年ネクストサービス株式会社を設立。代表取締役CEOに就任され、現在はセミナープロデューサーとして活躍されています。上梓された『誰にでもできる「セミナー講師」になって稼ぐ法』もヒット商品です。 でも、そんな現在のご活躍までには、波瀾万丈のビジネス人生が!同じく波瀾万丈な人生を送ってきたドクターユキとの対談をお楽しみください。

PROFILE
松尾 昭仁
AKIHITO MATSUO

1967年埼玉県生まれ。西武学園文理高等学校を経て、駒沢大学卒業後、世界最大級の総合人材サービス企業に入社。営業部にて企画営業を担当する。入社2年目には動機を代表し、新入社員研修の講師も勤める。 平成14年ネクストサービス株式会社を設立、代表取締役CEOに就任。 平成16年1月より、セミナー講師業をスタートさせ、短期間で新進気鋭の人気講師として注目される。現在は自身のセミナー活動で得た経験やノウハウを生かし、全国でも数少ない「セミナー開催のエキスパート」(セミナープロデューサー)として、セミナー講師とその主催を希望する起業家を支援する活動に力を注ぐ。 主な講演テーマは「素人が短期間で人気講師と利益の出せるセミナー主催者になるためのセミナー」「素人でも本が出せる!出版戦略セミナー」「マーケティングセミナー」「ブログセミナー」「起業セミナー」「モチベーションアップセミナー」など。著書に『誰でもできる 「セミナー講師」になって稼ぐ法』(同分館出版)がある。
PROFILE
臼井 由妃
YUKI USU
I

1958年生まれ。東京都出身。東京家政学院短期大学家政学部卒業。株式会社健康プラザコーワ代表取締役。短大卒業後、さまざまな職種を経験し1991年、33歳で28才年上の夫と結婚。同年、病気を機に一線を退いた夫にかわり健康器具販売会社経営の道に。1995年に発明した男性機能補助用具「パワーリングネオ」は、2005年現在40万個を売る大ヒット商品に。1998年「健康医科学博士号」、ハワイアンカレッジより「名誉学術博士号」、2000年「経営学修士(MBA)」、2001年「理学博士号」を取得。平凡な主婦が社長に転身、5年で100億円企業に成長させる。現在、起業プランナー、経営コンサルタント、発明家、作家として活躍中。健康・美容・ダイエットの分野にも精通し、若い女性に多くのファンをもつ。全国で行われる講演は年間約100件にのぼり、官公署、地方自治体、学校法人、中小企業団体など幅広く行っている。2003年、日本テレビ系「マネーの虎」に出演。温かさと厳しさが備わったコメントにより人気を博す。「忙しい人の即効!勉強術」「Dr.ユキの楽学合格法―資格で億万長者になる」「金なしコネなし経験なし社長の超・経営術」等著書多数。

臼井「松尾さんの第一印象は、柔和そうな方だなと思ったのですが、今日はぜひその柔和な方の頭の中を見てみたいと思っています。まず、起業のきっかけを教えていただけますか?」

松尾大学を卒業して、大手の人生派遣会社の営業をやっていました。私が就職したのはちょうどバブルの頃で、就職活動では学生側が主導権を握っていた時代です。」

松尾 「まだ内定も決まっていない頃から、人事部長さんが「松尾さん、今日はお昼何が食べたい?」なんて聞くような時代ですね。「うなぎが食べたいですね」なんて一言で、日本橋の老舗のうなぎ屋さんに連れて行ってもらったり。 その会社にしたのは、ちょうどトレンディドラマがはやっていたからでしょうか、「どうせ働くなら、きれいなオフィスで、女性の多い職場のほうが、モチベーションが上がるかな」と思ったんですよね(笑) 」

松尾「実は、長くいるつもりもなかったんですよ。最初から3年と決めていて、実際は2年半で辞めちゃったんですよね。3年で辞めようと思っていたのは、起業しようと決めていたからではありません。父が会社を経営していて、父との約束だったんですね。
もう30年以上かな、建設関係の特殊塗装の会社を父が経営していまして、小さい頃から、「昭仁はこの会社を継ぐんだよ」と言われ続けていたので、自分も「ああ継ぐんだな」と思っていました。洗脳ですよ。反発はなかったです。なにしろ、洗脳されていましたから(笑) 」

松尾「だから、就職活動のときも「会社には3年しかいられません」と宣言していました。今なら、それで内定がもらえるなんてあり得ないでしょうが、時代が時代で、学生は言いたいことを言ってもよかったんですよね。」

松尾「就職した人材派遣会社は、当時ベンチャーのはしりだったので、「終身雇用で」みたいなスピリットの人がいないこともあったんですよね。独立するか、親の後を継ぐか、社会勉強のために入社する人も多かった。だから、自分も内定がもらえたんです。それで2年半働いて、予定通り、親の会社に入社したんです。」






臼井「ここまでは順調な人生ですね。それがどうして、ご自分で起業されたのでしょう?」

松尾「人材派遣会社では華やかな世界にいたでしょう。きれいなオフィスで、女の子がたくさんいて。それが、急に埼玉県の田舎の、従業員と言えば暴走族あがりの兄ちゃんばっかりです。実際に入社すると、こんなはずじゃなかったと思っちゃったんです。」


松尾「一応、役員だったんですよ。営業部長です。仕事は営業部長というより、役所に行ってペコペコしたり、夜の接待で「二代目はいいわ」と言われながらお酒を飲んだりが中心です。
自分が思い描いていたものと、ギャップがあったんですよね。それでもやるしかないんですが、途中から体が受け付けなくなった感じです。そのうち、まさに絵に描いたようなバカ二代目になってしまいました。最後の何年かは、親の扶養家族みたいなもので。 」

松尾「でもたまたま見たテレビが、生活を変えるきっかけになりました。新しいビジネスを紹介する番組で、くじ付き名刺を取り上げていたんです。くじ付き名刺には、名刺に番号が書いてあるんです。  まだまだ日本は、足繁く通う営業が主です。何度も足繁く通って名前を覚えてもらう営業。自分もやりながら、疑問もあったんですよ。相手も嫌がるし、そうなると自分も前向きな気持ちにはなれないし。たとえば保険の営業の人とか、何度も訪問しますよね。そのたび名刺を渡しても、捨てられる可能性が高い。」


松尾「でも、くじが付いているから、保険の営業の人も訪問しやすいし、もらった人も嬉しくて捨てられにくい。最高でハワイ旅行とかが当たるんです。旅行代理店と提携しているみたいで、いろんな当たりを含めると、10倍ぐらいの確立だったのかな。10回配ると、1回は当たりますよね。それだと、何度も名刺を渡しやすい。  私も、人材派遣の営業時代に、「何度も名刺なんていらないよ」「そんなにたくさん名刺はいらない」とか、言われたことがあったんですよ。だから、この名刺は売れるなとピンときたんです。」

松尾「それで、俺はこの名刺を売りたいなと思いました。すぐに、その会社を調べて、電話して「御社の名刺を売りたいんですけど、代理店の募集はしてませんか?」って。
代理店の募集はしてなかったんですけど、契約してもらえました。」

-ユキ’s eye-
「無理」とかんたんに言いたくはありませんが、どうしてもダメなことはありますよね。
その中で自分の能力にフタをしてしまうより、松尾さんのようにすぐに電話するといった行動力が現状を打開するのではないでしょうか。普通は代理店の募集をしていない時点で諦めるのでしょうが、契約までできたのは松尾さんの行動力のおかげですね。





臼井「おもしろい経歴ですね。お父様の会社と名刺会社の契約だったんですか?」

松尾「問題はそこでした。父の会社は一応、歴史もあるし、地元ではそこそこ名前があって、市役所やデパートとも仕事をしています。やっぱり、くじ付き名刺が、会社に合わないってことになったんです。官公庁の仕事なんかしていると、どうしてもイメージがあるし。 」

松尾「だったら、社内ベンチャーって形でもかまわないから、2年だけ時間をくださいって言ったんです。2年と言ったのは、周りを説得できないと思ったんですよ。下手すると、会社のお金を食いつぶしてしまいますし。それで、「2年たって結果が出なかったら、また本業の営業をやります。営業部長の肩書きもいらないし、平の立場でイチからやります」と言ったんですね。ここまで言ったら、父も周りの社員を説得しやすいでしょう。 」

松尾「父はやっぱり息子ですから結局は信用してくれますけれど、周りの社員は納得できないですよね。周りを説得するために、そういう約束にしたんですよ。僕は、どうしてもくじ付き名刺を販売したかったんですよね。 」

松尾「やると決めたらがんばって、イチから勉強しないといけない、と思いました。  当時、ちょうど神田義則さんの、『あなたの会社が90日で儲かる』という本を読みまして、「そうか、売れる仕組みをつくればいいのか」と感動しました。そこが簡単ではないんですが(笑)。」

松尾「とにかくそれで神田さんの●●会にも入って、いろんな方の本も読みました。経営のイロハというか、勉強したんですよね。そうはいっても、売りに行かないと売れませんよね。当時は、ホームページも立ち上げられなかったりしましたし。
それで、営業の流れを考えたときに、やっぱり上流に売らないとダメだと思ったんです。たとえば一人一人に売っても、しょせん名刺1つなんで、ウン百円、ウン千円の世界です。 」

松尾「じゃあ、「上流はどこだ。一番名刺をつくるところはどこだ」と考えて、やっぱり保険会社ですよね。保険会社でも、支店はまだ一番上流ではないですよね。最初は、それでも支店に行ったんですよ。でも、行ってみて違うなと思いました。売れても、30人、50人レベルなんです。
でも、支店には本店から来た、いわゆるキャリア組がいます。そういう人たちと仲良くなって、上流を聞き出したんですね。「名刺はどの部署が購入しているんですか?」って。  そうしたら、どうやら名刺は個人で買っているらしい。セールスマンが個人で、会社から買っているんですよね。」

松尾「じゃあ、「上流はどこだ。一番名刺をつくるところはどこだ」と考えて、やっぱり保険会社ですよね。保険会社でも、支店はまだ一番上流ではないですよね。最初は、それでも支店に行ったんですよ。でも、行ってみて違うなと思いました。売れても、30人、50人レベルなんです。
でも、支店には本店から来た、いわゆるキャリア組がいます。そういう人たちと仲良くなって、上流を聞き出したんですね。「名刺はどの部署が購入しているんですか?」って。  そうしたら、どうやら名刺は個人で買っているらしい。セールスマンが個人で、会社から買っているんですよね。」

松尾「保険会社とは別会社をつくっていて、名刺とかティッシュとか、販促物を売る会社があるんですよ。「じゃあ、そこに売り込めばいいんだ」と思いました。そこに売り込めば、全部の支店に行くわけですから。それで、さっそく行って売り込んだんです。結果、契約が取れましたよ。三井生命です。」

松尾「プレゼンして、テスト販売してもらったんですね。大阪のキーになる支店で、1000人ぐらいでした。好評でしたよ。「お客さんにまた来てねって言われたよ」なんて言ってもらえて、じゃあ全国販売だってことになりました。 当時3万人くらいいる社員の、半分くらいには売れるかな、と思っていたんですよ。そのうえ名刺は、消耗品ですよね。売れ続けます。
これで、自分は「来たな」と思いましたよ。一財産築いたつもりでしたね(笑)。それどころか、この会社を買い取っちゃおうかな、ぐらい思っていました。 」

-ユキ’s eye-
期限を決めるのはいいことです。周りを説得するためにも、自分がズルズルしないためにも効果があります。 それから、営業に行くのに上流を狙うあたりも、松尾さんの経営センスですね。





臼井「自分の目のつけどころに、自画自賛してしまう瞬間ですね!代理店も1社だけだし、ほぼ独占状態ですもの。」

松尾「一瞬だけ、自分が天才だと思いましたよ(笑)。100社代理店があれば、100のライバルがいるでしょう。でも私しか代理店がいないのですから、私がトップなんです。その頃には、私が契約したことをきっかけに、少しずつ代理店も増えてはいたんですが、私が第一人者として扱って頂いていましたし。
でも、人生って面白いですよね。その代理店契約した名刺会社が、つぶれちゃったんですよ(笑)。 」

松尾「ある日突然、電話がつながらないんですよ。「あれ?何でだろ?おかしいよな?」ってことになって、営業マンの1人が直接行って確かめてきました。そしたら報告が「社長、何もないです」って。その会社の隣の人に聞いたら、「昨日の夜バタバタと引っ越していったよ」なんて教えてくれたんですが、それは引っ越しじゃなくて夜逃げでしょう(笑)。そしたら、1週間後くらいに、弁護士さんから茶封筒に入った封書が届きました。何とか裁判所とかいうハンコが押してあるんですよ(笑)。 」

松尾「今思えば、その名刺会社がつぶれなかったら、僕の人生は違ったものになったかもしれません。少なくともセミナープロデューサーにはなってなかっただろうと思います。
でもそれも、今だから言えることで、今だから笑える話です。当時は、頭が真っ白になりましたよ。」

松尾「真っ先に浮かんだのは、くじ付き名刺を喜んでいただいていたお客様です。だって名刺の仕事は、上場企業を巻き込んで、すでに走り出していましたから。約束を守れないわけですから、訴えられるかもしれない、とまで考えました。」

松尾「もちろん謝りに行きましたよ。そしたら、「一番辛いのは松尾さんだよね。こちらの問題は何とかするよ」って言ってくれたんです。本当にできた方で、「いろんな人が、いろんな商品を売り込みに来るけれど、松尾さんみたいに商品に熱意を持って、命をかけて持ってくる人はあんまりいないよ。
私は松尾さんを信用したんだから、松尾さんが謝っているんだから仕方がないよね。 これはある意味で事故だし」って。 」

松尾「お客様は、自分を、松尾を信用して取引をしてくれていたんですよ。人間的な付き合いをちゃんとさせてもらっていて、助かりました。そのうえありがたい言葉までいただいて、本当に感謝しています。」

-ユキ’s eye-
取引先の倒産は本当によくある話です。私も似たような経験をしました。仕入れた商品が売れていると喜んでいたら、仕入れ先が倒産したり…。でも、この話から得た教訓は、商品に思いを込めていたことですね。営業はよく「商品を売る前に自分を売れ」と言われますが、なかなかできることではありません。とくに仕入れた商品に自分を思いを込めて、となるとさらに難しい。それができた松尾さんだからこそ、トラブル時にも信頼が揺らがなかったのだと思います。






臼井最初に2年と期限を決められていましたよね。名刺会社が倒産したのは、どれくらいだったんですか?」

松尾「1年くらいたった時でした。つまり、期限はあと1年残っていたんです。執行猶予ですね。お客様の問題はとりあえず解決したら、切り替えは速かったですよ。」



松尾名刺は、自分が欲しい商品で、自分がやりたかったことでしたから、人のせいにしても仕方がないと思ったんです。自分が好きで、自分から乗っかったんですよ。自分から代理店にしてくれと売り込んだんですから。ある意味、自分が甘んじて裁きを受けなければならないと思いました。

松尾「成功法則の本なんかを読んで、そのエッセンスをわかっていたからかもしれません。そういう意味では、本からいろんな知識を得ましたよ。それに、いわゆる成功者の方々とお会いすると、総じて人の悪口なんて言わないんですよ。 組織の上にいる自分が弱音を吐いたら、下の人はもっと嫌になるだろうし、負のエネルギーはプラスのエネルギーより速く伝わってしまいますから。 それで、切り替えて、自分なりに教訓を得たんですよ。もし代理店をやるなら、母体がしっかりしたところでないといけないってことです。 」

松尾「このとき、もうネクストサービス株式会社はつくっていたんです。とはいっても、どこの馬の骨だか分からないような会社ですよね。母体がしっかりした会社が、すぐに取り引きしてくれるとも思えないんです。  じゃあ、「つぶれない代理店で、資本金がかからないのはどこだ」と考えました。答えはNTTです。NTTなら、つぶれない。  NTTはFCで儲けているわけではないので、代理店契約も有利にできているんですよ。そのうえNTTの代理店は日本中、どこでも通用しますよね。「どうやったらなれるのだろうか」と。 」

松尾「それで、あるNTTの代理店で儲けている人の本を読んだんです。わかったのは、NTTの代理店になるには、つてがないとダメということです。NTTに乗り込んでいって、「代理店にしてください」と言っても、なかなか難しい。でも私の仲間で、いわゆる老舗の電話工事屋さんがいましたから、頼んでNTTを紹介してもらったんです。結局、二次代理店みたいな感じで、パナソニックの下で、フリーダイヤルの回線を売っていました。
まさにジェットコースター・ムービーみたいに転機がどんどんあるでしょう(笑)。」


ネクストサービス株式会社

-ユキ’s eye-
松尾さんの「誰かのせいにしても仕方がない」というのは素晴らしい発想ですね。私もよく、嫌なことがあったら「せい」を「おかげ」に言い換えようと提案しています。
不平・不満は伝染しますし、悪口を言ってウサを果たしても、人の口に戸は立てられません。1つ言えば10倍、20倍になって伝わります。とくに影響力の強い人が言うと、ときには100倍になって、結局は自分に跳ね返ってきてしまいます。





臼井「NTTの代理店の次にセミナー講師をやられたんですか? それもずいぶん大きな方向転換ですよね。」

松尾「実は、まだあるんです。NTTの代理店のあと、ブログのコンサルタントもやったんです(笑)。これは今でも続いているとも言えますが。あるとき、ブログのセミナーをやるようになったんですね。そしたら、ブログという切り口より、セミナーという切り口でビジネスをやった方が伸びるんじゃないかなと思いつきました。」

松尾「勘がいいのかどうか、自分ではわからないんですが、商売人の血が流れているのは自分でも感じます。  よく、うちの社員にも話すんですが、もし僕が特別だとするなら、子供の頃から、「やばいね。来月1000万入らないといけないよ。お金ないねぇ」なんて言いながら、特上寿司を食べるような家庭に育ったということだろう、と。いわゆる経営者の家庭ですよね。」

松尾「経営者ならではの、「何とかなる」という精神が染みついているんです。実際は、力業でも何とかしてつじつまを合わせているんでしょうが、僕はそれが経営者の仕事だと思っています。  子供の頃からこういう環境にいたので、悲観的に考えてもしょうがねえや、という楽観が基本にありますね。 」

松尾「負を追及していくと、怨念とか、憎しみになってしまいます。でも、それをやったからといって、何の得にもならなりません。たとえば嫌な取引先だったら、そことの取引をやめて、楽しいお客様とお付き合いしたほうがいいじゃないか、と思います。だから、うちの社員にも「付き合いたいか、付き合いたくないかで決めろ」と言っています。「この会社はこういう理由で付き合いたくないんですけど、ここの売り上げは大きくて…」みたいに言われても、「いいよいいよ、そういうところと取り引きしても多分うまくいかないし」って。」

松尾「嫌な予感がする人と、目先の売り上げのために付き合っても、絶対に後でトラブルになりますから。だったら、エネルギーをその負に使うより、もっと違うところに使えばいいじゃないですか。そのほうが、結局は売り上げも上がるし、ニコニコできますから。」

-ユキ’s eye-
松尾さんは瞬間瞬間の気づき、社長勘が冴えていらっしゃいますね。
私は社長勘の存在を信じているのですが、社長勘は冴えたり、鈍ったりが普通です。 松尾さんの社長勘が冴えているのは、負をプラスに変える力、負を負と思わない力をお持ちだからでしょう。負のエネルギーはさっさとプラスに変えるというのは、これから起業される方に、とてもいいアドバイスだと思います。




後編(12月20日アップ予定)に続く→
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