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>> ようこそ! ドクターユキオフィスへ >>水野浩志氏

ようこそ、ドクターユキオフィスへ!


社長、経営コンサルタント、発明家、数々の資格・学位取得者としてジャパン・ビジネスの波間をしなやかに駆ける臼井由妃が、時代を牽引するゲストに迫る対談コーナーです。
毎回、各界をリードする著名人を迎え、とびっきりのトークをお送りします。
今回のお客さまは水野浩志氏。
悪習慣改善セミナーを皮切りに、自己改革・自己表現のセミナーを積極的に行っている株式会社マイルストーンの代表取締役でいらっしゃいます。
ドクターユキならではのシャープ&ホットな質問、にゲストの意外なホンネが飛び出すスペシャルなトークをお届けします。

PROFILE
水野 浩志 
HIROSHI MIZUNO

株式会社マイルストーン代表取締役。1964年千葉県生まれ。映像企画製作会社、独立系ソフトウエアハウス、小売・飲食店舗設立運営会社、会計事務所を経て2000年10月に独立、株式会社マイルストーンを設立。タバコは1日2〜3箱を吸い、酒は毎晩欠かさずボトル一本を空け、毎日パチンコ屋に通わないと気が済まなかったというすさんだ生活状態から、我慢や忍耐力を一切使わずに、短期間で禁酒・禁煙・禁ギャンブルを達成。同時に、「やめたいのにヤメられない!」と思われていた生活の中の悪習慣をも改善することに成功する。その経験を体系化し、「苦しむことなく悪習慣からサヨナラする」プログラムを発表したところ、プログラム実践者の95%が悪習慣を改善できた、という結果を出すことに成功。それをきっかけに、自立・独立ナビゲーターとしての活動を始める。現在、成果を出す行動改善セミナーや文章を通じた自己表現セミナー等を定期的に開催するとともに、企業経営者及び独立起業志望者に対してのコーチング、および、コンサルタントや資格業者等のプロフェッショナルに対してセミナー・講演等のコンテンツメイキング指導のセミナーやサポート業務も行っている。著書に『「やめたいのにヤメられない!」がスパッとやめられる10秒日記』(大和出版)がある。
PROFILE
臼井 由妃
YUKI USU
I

1958年生まれ。東京都出身。東京家政学院短期大学家政学部卒業。株式会社健康プラザコーワ代表取締役。短大卒業後、さまざまな職種を経験し1991年、33歳で28才年上の夫と結婚。同年、病気を機に一線を退いた夫にかわり健康器具販売会社経営の道に。1995年に発明した男性機能補助用具「パワーリングネオ」は、2005年現在40万個を売る大ヒット商品に。1998年「健康医科学博士号」、ハワイアンカレッジより「名誉学術博士号」、2000年「経営学修士(MBA)」、2001年「理学博士号」を取得。平凡な主婦が社長に転身、5年で100億円企業に成長させる。現在、起業プランナー、経営コンサルタント、発明家、作家として活躍中。健康・美容・ダイエットの分野にも精通し、若い女性に多くのファンをもつ。全国で行われる講演は年間約100件にのぼり、官公署、地方自治体、学校法人、中小企業団体など幅広く行っている。2003年、日本テレビ系「マネーの虎」に出演。温かさと厳しさが備わったコメントにより人気を博す。「忙しい人の即効!勉強術」「Dr.ユキの楽学合格法―資格で億万長者になる」「金なしコネなし経験なし社長の超・経営術」等著書多数。

 


臼井 「今回は、1964年生まれ、千葉県のご出身でいらっしゃいます、株式会社マイルストーン代表取締役、水野浩志社長をお迎えしています。よろしくお願いします。」

水野 「よろしくお願いします。」

臼井 「“マイルストーン”と言うと、石材かなにかの会社かとお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、そうではありません。コミュニケーションスキルアップ実践サイトという大変おもしろい、有意義なHPを立ち上げていらっしゃっていて、“旬の人”です。」

水野 「ありがとうございます。“二度目まして”なんですよね。」

臼井 「先日、某勉強会でお会いしたんですよね。波長の合う方だというのがすぐにわかったので、今回、対談をお願いした、という経緯なんです。まず初めに、お互いの第一印象からお話を伺っていきたいと思います。」

水野 「テレビで拝見してましたので、私的には“三度目まして”という感じなんですが、臼井さんが『マネーの虎』に出演されていた頃は、私の事業があまりうまくいっていなかった頃でして、その時の印象は“怖い人”でした(笑)。先日、“二度目に”お会いしたときに、『テレビで拝見してました』ってお話したら、『そんな怖くないんですよ、私は』っておっしゃったのがビックリでした(笑)。」

臼井 「あー、そういえばそんなことを言いましたね(笑)」

水野 「二回目にお会いしたときは、私の斜め前に座ってらっしゃったんですが、一目で『臼井さんだ!』ってわかったんですね。ただ、テレビで拝見していた時とは違うオーラを感じて…」

臼井 「え、オーラ出てました? どんな感じでした?」

水野 「暖色系のオーラで、柔らかい感じがしたんですよね。それで、『あ、この人は怖い人じゃないんだ』と。」

臼井 「怖い人じゃないんですよ(笑)」

水野 「じゃあ、なぜ以前は怖い人だと感じたのかって考えたら、私自身の仕事がうまくいってなかったというのと、『マネーの虎』って『お前はどういう生き様でそのビジネスを立ち上げるんだ?』というビジネスの基本点を問いただす、という趣旨がありましたよね。自分のビジネスがうまくいってないから、そこを突っ込まれると辛かったんです。だから、怖い人というイメージがあったんでしょうね。今は自分なりに生き方を決めてやってるから、突っ込まれても平気だし、怖いというイメージは感じなかったですね。」

臼井「確か、私が『怖くないんですよ』って言ったら、『私もそう思ってますよ』って言ってくださったんですよね。」

水野 「そうそう(笑)。だから、後付けなんですけど、初めてテレビで拝見したときに感じた“怖さ”というのは、これからビジネスを立ち上げていく人たちに対する“厳しさ”つまり“優しさ”なんだろうなって、今になって思います。」

臼井 「ありがとうございます(笑)。私から見た水野社長の第一印象はですね…。私ね、初めてお会いして挨拶したときに、その人と波長が合うかどうかがわかっちゃうんです。経営者としてはどうかという感じですが、波長が合う人とは損得抜きでおつきあいしたいと思うんです。波長が合う人って、それだけで自分にとってはプラスになるんですよね。水野社長は、まさに波長が合うタイプの方だと感じました。細く長くでもおつきあいしていきたいなぁって。」

水野 「ありがとうございます。実は、2回しかお会いしていないのに対談のお話をいただいて、びっくりしてたんです。」

臼井 「これまで対談させていただいた方の中には、“二度目まして”“三度目まして”って方も多いんです。その後は、細く長くおつきあいさせていただいてます。みなさん事業家なので、そうやっておつきあいさせていただく中で、お互いのビジネス活性化につながったり、モチベーションのアップにつながったり、触発されることが多いんです。」


臼井 「プロフィールを拝見してびっくりしたんですが、タバコは一日3箱、お酒は毎晩ボトル1本、パチンコやギャンブルが大好きで…という生活を以前はされていたんだけど、きっぱり改めたそうですね。」

水野 「はい。これは誇張はなにもなく、タバコは毎日2〜3箱吸ってたし、お酒は毎晩ボトル1本飲んでたし、パチンコやパチスロに毎日行ってたし。」

臼井 「酒あり、ギャンブルありで。」

水野 「“女”はなかったんですけどね。」

臼井 「これだけを見ると、すごい人、やばい人なんじゃないか?って気もしますよね。で、それをすっかり改めたわけですよね。それはビジネスと何か関係が…?」

水野 「ものすごく関係あるんです。小さい頃から小知恵が働く子だったんです。やればできる子なんだよ、みたいな感じで親に育てられたんですね。テストをやればいい点数が取れる。そうすると、『あ、やればできるんだ』と。それが、『必要が出てきたらやろう』って感じで、やらない子になってしまったんです。」

臼井 「割り切りがいいと言うか…」

水野 「変な小知恵がついちゃったんですね。やればできるんだから、必要なときにやればいい、じゃあ別に今やらなくてもいいんじゃないかな、がんばらなくてもいいよね、と。それと、自分は頭がいいんだろうと、なんの根拠も実績なく思ってたところがあって、将来は成功するだろう、そのために本も読んでるし…なんて思い込んでた。普通の人はコツコツやって最後に成功するのが大事と言うけど、そんなまどろっこしいことはやってられない、成功するなら一足飛びに成功してやろう、と。」

臼井 「子供のころからそういう考え方だったんですか?」

水野 「子供のころからなんです。だって自分は“やればできる子”なんだから…って思いこんだまま(笑)。ところが、そんないい加減な考え方が通用するわけないんですよね。」

臼井 「そりゃもちろんそうですよ。」

水野 「で、それに気づかないまま、37歳だか38歳まで行ってしまったんです(笑)」

臼井 「ずいぶん長いですね。」

水野 「で、年を経るごとに、“一足飛び”の度合いと必要性が強くなるわけですね(笑)」

臼井 「周りが成功していくのを見ているわけですし。」

水野 「それに引き替え、自分はまだまだ成功していない。今振り返ってみると、いくつかチャンスはあったっぽいんですが、その時は気づかなかったんですね。そんなこんなで、成功したいけどできない。2000年に会計事務所から独立したんですが、最初の事業もやる気満々だったとは言え、どちらかと言うと『会社勤めなんかイヤだ』っていう理由で独立したって感じでしたから…」

臼井 「先のことをしっかり計画を立てて…という感じじゃなかったんですか?」

水野 「当時は、一応計画を立てたつもりではいたんです。今から考えればずさんで穴だらけだったんですけど。で、知り合いから1000万円借りて、友達2人誘って、インターネットのビジネスを始めたんです。」

臼井 「それが起業のスタートですか?」

水野 「そうです。子供のころからコンピュータは使っていたんで、なんとかなるかなって感じで。ところが、あまりうまくはいかなかった。それで、一緒にやってた友達からも愛想尽かされて、そのうちの一人とは訴えるの訴えないのってとこまでもめちゃったりして。最終的に事業も全部手放して、借金だけが残って、手元にはなにもない。今さら就職するわけにもいかないし、1年半くらい引きこもってました。」

臼井 「一年半も…。でも、そこで考え方が変わって…?」

水野「いえ、引きこもって『一足飛びに成功する方法はなんだろう?』って考えてました(笑)」

臼井 「まだ引きずっちゃってたんですね。でも、それってポジティブな引きこもりですよね。」

水野 「そうですね(笑)。で、いろいろ考えていろいろやるんだけど、考え自体がまったくなってないから、うまくいかないわけですよ。変な商品に飛びついちゃったりして。まあ、お金はなかったから、ばか高いものに手を出して、ってのはありませんでしたけど。要するに、時間的な遠回りをしてたんですね。で、なにをやってもうまくいかないから、どうしたらいいんだろう、と考えた。そのときに、今まで勉強した中でコーチングとNLPと言う心理学があった。これはなんのために勉強したかというと、自分の言うことをどうも人が聞いてくれない、じゃあ人をコントロールする術を学ぼうと。平たく言うと、自分の思い通りに人を動かすテクニックが欲しくて学んでたんです。」

臼井 「流行のテクニックですね。」

水野 「そう。ただ、当然ながら、そんなよこしまな考えでやってるから、影響力は一切なし。一番身近な存在である嫁さんに対してさえ影響力ゼロ(笑)。『書いてある通りにやってるのに何で効かないんだろ?』なんて。」

臼井 「技術、ノウハウに走ってしまって、心がなかった、てことですね。」

水野 「その通り。で、いろいろ学んだのに、自分の人生がどうにもならない。それが悪循環で、酒やタバコの量が増えていく。ピーク時はそんな感じでした。」

臼井 「それがどん底というか、もがき苦しんでいるけど答えが出ない…」

水野 「そうです、本当に。全然違うところをあさっていたわけだから、答えが出ないのは当たり前なんですけど。そこで、いよいよどうにもならなくなって、その時点でようやく自分の人生について本気で考えたんです。2002年の8月に入ってからですね。コツコツやらなくても一足飛びに成功できると考えてたけど、どうやら違うらしいと、ようやく気づいてきたんです。」

水野 「一足飛びに成功できるという考えは、どうやら間違っているらしいとようやく気づいて、じゃあ、まず自分というものをきちんとコントロールできるようになってみよう、と。例えば、タバコをやめようと思ったことが何度もあるんですが、いつも24時間以内に挫折してたんですね。ならば、自分自身がタバコをやめるところから糸口がなにか見えるかも、みたいな。」

臼井 「なるほど。」

水野 「で、NLPもコーチングも、他人に影響力を持とうと思って学んだスキルだったんですが、自分にやってみよう、と。自分が変えられるんだったら、すばらしいスキルになるなと思って…」

臼井 「自分プログラミングですよね。」

水野 「それをまずやってみようと思って、8月の後半からセルフコーチングを始めて、2002年の9月1日からタバコをやめたんです。」

臼井 「思い出深いですね。」

水野 「私の人生のひとつのターニングポイントですから、年月日まで覚えてます。それ以来、もちろん1本も吸ってません。で、今度はアルコールとギャンブルをやめてみよう、と。お酒は1日でやめることができました。ギャンブルは、やめようと思う前にやらなくなりましたね。」

臼井 「生活が苦しいときはやりたくてもできませんからね。」

水野 「えーっと、一時期はね、食費を稼いでたりしてたんですよ(笑)」

臼井 「そんな、身を滅ぼしかねないことを(笑)」

水野 「いやほら、中途半端に小知恵が働くから、馬鹿な道に長居しちゃうんですよね。」

臼井 「器用者の器用貧乏みたいな…」

水野 「そうそう(笑)。でもまあ、タバコも、酒も、ギャンブルもやめることができて、結果を出すことができた。それで、なんかわかった気がしたんですね。1週間でタバコをやめられた、という結果を出せたんだから、時間はかかってもコツコツやれば、50歳くらいでそれなりの生活ができるんじゃないかな、60歳になるころには本の一冊も出せるんじゃないかな、と。本を出すというのは夢としてありましたから。
人をコントロールするんじゃなくて、まず自分をコントロールする。そして、自分をきちんとさせたうえで、自分の思いとか考えとか理念とかに共感してもらって、初めて人は動いてくれるんだな、って事が、なんとなくではあったけど理解できたんです」

最新のセミナー情報も確認できる株式会社マイルストーンのホームページ
http://sp.m-stn.com/index.html


臼井 「言葉だけでは人は動かせないですからね。」

水野「自分の生き方が変わって、結果を出せたことが小さな自信になったんです。」

臼井 「大成功というのは、小さな成功体験の積み重ねなんですよね。一足飛びにっていうのはあり得なくて、小さな成功が中くらいの成功のもとになり、中くらいの成功ちょっと大きな成功のもとになって、気が付けばドカーン!って。」

水野 「だから、ここで得た小さな自信をもとにがんばっていけば、20年後くらいには理想として描いている自分に到達できるんだろうなぁ、なんて考えたんですね。」

臼井 「目的と目標の違いって大きいと思うんですよね。例えば、総理大臣になりたいって言う人は多いけど、じゃあそのためになにをどうやっていけばいいってところまで考えなければ意味がないんですよね。目標と目的がぶれてる。水野社長の場合は、その時点で、どんなスキルが必要で、どうやっていけばいいのかっていうのが…」

水野 「それが、そうはならなかったんですよ。全然理想への道筋が見えなかった(笑)。臼井さんみたいに優秀な方なら、完成図を描きながら階段を作っていくってことができると思うんですが、能力がない人間とか、仕事のあり方がわかってない人間ってのは、夢につながる階段の作り方ってのがわからないんですよね。だから、私の場合も、タバコをやめることはできたけど、それと本を出すことがまったくつながってなかったんですよ。そこに至るまでにどう生きていけばいいかがまったく見えてない。」

臼井 「タバコをやめるという成功体験があって、セルフプロデュース・セルフコントロールができて、じゃあ次は…っていうのが見えないということですか?」

水野 「比較的近い“次”ってのは見えたんですけど、それが本を出すっていう目的につながっていかなかったんですね。その時点では単純に夢でしかなかった。そんなのはイメージングしても所詮は叶うかどうかわからない。だから、“本を出す”というのが目標にもなってなくて、“本を出せればいいなぁ”程度。」

臼井 「“本を出す!”じゃなくて…」

水野 「そのときは全然そんな感じじゃなかったですね。むしろ、本を出すことなんてできないと思ってましたからね。できないけど、できたらいいなあというレベル。」

臼井 「なるほど。そこからどういう風に?」

水野 「一足飛びに成功できるというのを空だのみして失敗してきたから、着実に基盤づくりをしていこうと考えたんです。最終的な目標は敢えて見ないようにして。で、次にやっていったのが、自分がタバコをやめた方法をひとつのメソッドにして、それが世の人に受け入れられるかどうかを試していったんです。折しも2003年はタバコ税が増税された年で、時期的にもビジネスになるかもしれないな、と。」

臼井 「それを思いついたっていうのは、お金のニオイに対して敏感なんだと思いますよ。」

水野 「そう言っていただけるとありがたいですね(笑)」

臼井 「ちょうどそのころですよね、ロングセラーズの『禁煙セラピー』が売れたのって。だから、世の中の流れをかぎつけたってことですよ。」

水野 「うーん、たまたまなんですけどね。」

臼井 「それは才能ですよ。自分の気づかないところでそれをかぎつける能力を持っているということなので、自分を信じていいと思いますよ。」

水野 「臼井さんにそう言っていただけると自信になりますね。で、それで試してみたら、95%以上の人が苦しむことなく半分以上の節煙に成功し、そのうちの3割は禁煙できたというオドロキの数字が出たんです。じゃあ、これをビジネスとしてやってみようと思ったんですが、勉強はしていたもののビジネスのやり方を知らなかったので、教則CDを作って売ってみたけど5本くらいしか売れなくて(笑)。じゃあなにが足りなかったのかを考えてみたら、人と直に接することが足りてないな、と。自分はタバコをやめられたけど、それは自分にとっての方法だし、もともとインドア派の人見知りな人間だし、人と接することが足りなかったんですよね。当時、仕事の失敗でそれまでの縁も切れてたし、外で話をする人って3人くらいしかいなかったですから。」

臼井 「“超少ない”って感じですね、今風に言うと。」

水野 「そういう状況の中で、ナマの人間と接してリアルな情報を得ないといけないな、それが足りないから物も売れないんだろうな、と思ってセミナーを始めたんです。それが2003年の4月24日。これがまた自分の中で記念碑的な日で、初めてセミナーをやったんだけど、人が集まらない。しょうがないから友達にサクラをしてもらって。ところが、感想がひどかったんですよ。一番きつかったのが、『あなたのオナニーにつきあわされた気がした』という一言。」

臼井 「いやー、きついですね。でも、それは愛のムチですよ、それは。」

水野 「それを言ってくれたのが、私がコーチングを習っていた相手だったんです。あともうひとつが、とある女性経営者が連れてきてくれた社員さんなんですけど、アンケートになにを書いたかというと、『住所=地球、電話番号=秘密、連絡先=連絡しないでね』って(笑)」

臼井 「それは…(笑)」

水野 「1回目のセミナーはそんな感じ。当時はガラスのアイデンティティしか持ち合わせてませんでしたから、家に帰るなりふとんに潜り込んで、3日3晩そこから出られなかったですね。」

臼井 「なぜそんな風にあしざまに書かれたのか、という分析はされたんですよね?」

水野 「もちろん。ただ、最初の3日間はただただ辛いだけ。タバコをやめることができたという小さな成功例があって、そこから小さくでもちょっとずつ実績を積み立てていこうという矢先にそれですから。最初の3日はなにも考えられなかったですね。その後ですよ、一体なにがいけなかったんだろうって考え始めたのが。そのころ、嫁さんは別で仕事をしていて、半ば食べさせてもらっている状態だったんですね。で、人に頼ってるのがいけないんじゃないだろうか、と。セミナーはセミナーでやるけど、自分もバイトして、自分の分は自分で稼ごう、と。それで警備員のバイトを始めたんですが、そこでまたひとつ憑き物が落ちましたね。」

臼井 「誇りやプライドってあってもいいんだけど、それが極度に前に出ちゃったんじゃないでしょうか、セミナーで。」

水野 「ボロがね。」

臼井 「拝見したわけじゃないんで、わからないですけどね。」

水野 「いや、でもおっしゃる通りなんです。」

臼井「言葉だけだと人は動かないですしね。1回は参加してくれても“評判のよいセミナー”とはならないし、参加してくれた人が知り合いを誘って…という風にはならないですよね。」

水野 「一方的に知識をひけらかすようなセミナーをやっちゃったんで“オナニー”って言われたんですけど、2回目からは、自分でも誰でもなく参加者のために行うセミナーなんだからと、参加者ときちんと対話ができる形にして。それと同時並行で警備員のバイトもして。深夜の国道で暴走族にどつかれたりしながらね(笑)。そうやって生き方を変えてみたら、神様も見てくれてたんじゃないかな…」

臼井 「そう、それ。『運がない』『ツイてない』って言ってるだけの人は努力が足りないですよね。そうやって、自分で確固として信念を持ってやってると、例え疲れててもね、表情なり仕草なり、どこかに現れる。そうなると、どんどん人が集まってきますよ、不思議なくらい。きっと、凛とした感じになったんでしょうね。」

水野 「自分の中ではふんぎりつけてましたからね。」

臼井 「ツキを持っている人たちって、そういう人を逃さないですよ。結局ツキは人が運んできてくれるものだし。お金をいっぱい持っててもツキのない人もいますからね。そのころの水野社長にお会いしてみたかったですね。」

水野 「今とは真逆の評価だったんじゃないでしょうか(笑)」

臼井 「言うのは簡単なんですけど、本当にいいご苦労をされたましたね。当時40歳目前、その時期でよかったですね。45歳を超えてたら体力的にもキツかっただろうし。ギリギリのタイミングでしたね。」

水野 「いや、本当に。気づけてよかったなぁと思います。」

臼井 「いろんな方と対談させていただいてますが、男性は33〜37歳くらいで転機を迎える方が多いですね。女性はもうちょっと早めかな。体力的なことを考えると、それより遅いと辛い年齢ですよね。だから、神様もきっと見てるんですよ、努力する人のことは。」

後編に続く→


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