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ドクターユキオフィストップ >> ようこそ! ドクターユキオフィスへ >> 長岡信裕

社長、経営コンサルタント、発明家、数々の資格・学位取得者としてジャパン・ビジネスの波間をしなやかに駆ける臼井由妃が、時代を牽引するゲストに迫る対談コーナーです。
毎回、各界をリードする著名人を迎え、とびっきりのトークをお送りします。
今回のお客さまは長岡信裕氏。
上野を中心に店舗を展開している焼肉屋「太昌園」を経営する大和寿グループの代表取締役です。
ドクターユキならではのシャープ&ホットな質問、にゲストの意外なホンネが飛び出すスペシャル・トークをお届けします。
PROFILE
長岡信裕
NOBUYSU NAGAOKA
大和寿グループ代表取締役。1962年生まれ、東京都出身。1985年明治大学経営学部卒業。大学在学時にスキューバダイビングクラブに所属し海に没頭する。大学4年時に当時一番厳しいダイビングライセンス団体であるNAUIのインストラクターライセンスを取得。卒業後の進路はダイビングの道を目指すが、父親の経営する会社の跡取りとしての責任感を自覚し、日本マクドナルド株式会社に入社し外食産業の修行をする。2年後に実家の株式会社太昌園に入社する。当時は焼肉以外にもライブハウス、ディスコ、カラオケパブ、居酒屋と多業態の展開をしていたが、時代の流れとともに現在は焼肉店3店、居酒屋3店の経営を行う。焼肉においては新規参入も多く競争激化の中、BSE問題が発生しさらに厳しさが増しているが、誠実奉仕をモットーにお客様に感動していただくことを追求し、既存店の売り上げを伸ばしている。また、1991年から2002年まで社団法人東京青年会議所(東京JC)に所属し、1997年には市民ネットワーク委員長として、日本海重油流出災害のボランティアネットワークを構築する。2002年には専務理事としてより効果的な運動展開をするための運営を実践した。現在は、子供の通う小学校のPTA会長を始め地域の各ボランティアに積極的に参加している。 |
PROFILE
臼井 由妃
YUKI USUI
1958年生まれ。東京都出身。東京家政学院短期大学家政学部卒業。株式会社健康プラザコーワ代表取締役。短大卒業後、さまざまな職種を経験し1991年、33歳で28才年上の夫と結婚。同年、病気を機に一線を退いた夫にかわり健康器具販売会社経営の道に。1995年に発明した男性機能補助用具「パワーリングネオ」は、2005年現在40万個を売る大ヒット商品に。1998年「健康医科学博士号」、ハワイアンカレッジより「名誉学術博士号」、2000年「経営学修士(MBA)」、2001年「理学博士号」を取得。平凡な主婦が社長に転身、5年で100億円企業に成長させる。現在、起業プランナー、経営コンサルタント、発明家、作家として活躍中。健康・美容・ダイエットの分野にも精通し、若い女性に多くのファンをもつ。全国で行われる講演は年間約100件にのぼり、官公署、地方自治体、学校法人、中小企業団体など幅広く行っている。2003年、日本テレビ系「マネーの虎」に出演。温かさと厳しさが備わったコメントにより人気を博す。「忙しい人の即効!勉強術」「Dr.ユキの楽学合格法―資格で億万長者になる」「金なしコネなし経験なし社長の超・経営術」等著書多数。 |
臼井「今回は、久しぶりに飲食関係の方にご登場いただきます。上野界隈では有名なおいしい焼肉屋さん、太昌園の長岡信裕さんをお迎えして、成功の秘訣などについて伺っていきたいと思います。」
長岡「よろしくお願いします。」
臼井「実は今日が初対面ですよね。どなたにもお聞きしているんですが、お互いの第一印象からお聞かせください。ズバリ単刀直入で結構です。」
長岡「みなさんも言われてますが、本当に笑顔のすてきでさわやかな方ですよね。でも、その中にもなにかエネルギッシュなものを感じました。」
臼井「ありがとうございます、最大限の褒め言葉をいただきました。長岡さんは、お生まれが1962年ですから私よりも5歳お若いんですが、貫禄ありながらお肌の色つやも非常によくて、スポーツとかもされるんでしょうけど、やはりエネルギッシュな印象があります。あと紳士的なイメージを感じました。経営者としては当たり前にお仕事には厳しい方なんでしょうけど、仕事を離れたところではいいお父さんなのではないでしょうか。PTA会長をやられたりボランティアにも積極的に参加されたり、社会とのつながりを大事にされてますよね。」
長岡「肌つやがいいというのは取り柄かどうかわかりませんが(笑)、仕事は厳しく、いろんなことで社会貢献ということはいつも考えております。」
臼井「食に関係するお仕事ですと、社長さんがエネルギッシュな方であることが非常に大事だと思うんですね。例えば、ギスギスして顔色が悪い方が作る料理だと、本当においしいのかな?って食べる前に疑問に思っちゃうんですよね。」
長岡「そうですね。おいしい料理を作るシェフって、見た目にも魅力的な方だったりしますしね。」
臼井「大学ご卒業後、お父様の経営する会社の跡取りとしての道筋をたどるために、日本マクドナルドに入社されたということなんですが、それは何か意図があってのことだったのでしょうか?」
長岡「当時、外食産業といえば日本マクドナルドが質量ともにナンバーワン企業であり、なんといっても社員教育がすばらしいということを関係各方面から聞いていました。学生時代には勉強もせずにダイビングをしていたんですが、就職活動まっさかりの時に、NAUIという当時一番厳しいとされるダイビングライセンス団体のインストラクター試験を受けたんです。それが大学4年の9月。どうしてもこのライセンスが取りたくて、大学時代唯一勉強したのがその勉強なんです。今でもうちの母親は、あんたが大学時代に一番勉強したのはダイビングライセンスの試験の前だった、なんて言いますけど(笑)。まあ、就職活動もしなきゃとは思っていたんですが、自分の中ではインストラクターとして生きていくという意思が強かった。でも、やはり跡取りというか、生まれてから大学生活に至るまでなに不自由なく育ててくれた親へのことを考えたりすると、自分のやりたいことだけをやるわけにはいかないなと。兄弟もいますし、長男の自分だけが勝手なことはできない。しっかりと跡を継ぐべく外食の道にいこうと。で、いきなり親の経営する会社に入社するのではなく、まずは修行としてよその会社に入ってみようと思ったんですね。」
臼井「昔でいうと丁稚奉公ということでしょうか。」
長岡「まさしく丁稚奉公ですね。どうせいくなら一番の会社がいいだろうということで、日本マクドナルドに入社することにしたんです。」
臼井「日本マクドナルドに2年勤務した後、お父上の会社に入社されたわけですよね。当時はまだお父上が現役ばりばりの社長でいらしたと思うんですが、長岡さんご自身は最初はどのようなポストから始められたのでしょうか。」
長岡「最初は特に役なしの、まったくの一社員ですね。当時は焼肉店だけでなくライブハウスや、カラオケパブ、居酒屋など、多業種展開をしていましたので、まずはすべてを知らないといけないということで、現場を順番にまわって。」
臼井「今までこの対談でお迎えした方って、ほとんどが起業家なんですね。情報産業であったり物販であったりの違いはありますけども。長岡さんのケースが初めてなんですが、二代目としての苦労、特にお父上が社長として活躍されていたころのお話などをお聞かせ願えませんか。」
長岡「社員の中には、古参の連中や私と同世代の連中とか、いろいろいたんですが、当時は外食産業では大卒なんて珍しい。よくて高卒、中卒なんてのもいっぱいいるし。そうすると、私と同じくらいの年でも、すでに社会の裏の裏まで見てきたってやつも多い。で、社長の息子はどんなもんじゃい、なんて感じでみんなが見に来るんですね。だから最初はやりにくい面もあったんですが、私が会社になじめたとあるきっかけがあるんです。当時売り上げが上がっていなかったライブハウスがありまして、このまま売り上げが伸びなかったら、売り上げを見込める焼肉店にすればいいんじゃないの?みたいな雰囲気だったんですが、それを自分にしきらせてもらって。前任者もいろいろ手をかえ品をかえしてやってきたのに売り上げが伸びなかったのが、3か月くらいで黒字転換したんです」
臼井「えー、すごい」
長岡「いくら社長の息子だといっても、やはり結果がすべてですから。それでもう周りの見方が認めざるを得なかったと言うか、“社長の息子”ではなく、実力で認めてもらえるようになりましたね。」
臼井「なるほど。じゃあ、その部分では、お父上の会社というベースはあったとしても、起業家だと思うんですね。社長の息子という立場は、言ってみれば負の財産だと思うんですね。実力があって当たり前、だめだったらこてんぱんにされる。そのライブハウスを立て直したということで、ご自身の自信にもつながったし、周りの見る目も変わってきた、と。」
長岡「そうですね。」
臼井「今はまあ、1円で起業できるとか、会社法がかわったりして、いわゆる起業ブームなわけですが、このような状況をご覧になっていて、なにか感じることとかございますでしょうか。」
長岡「実際に起業した友人も何人かいるんですけど、ひとつ言えるのは、単にお金だけを目的にして起業してほしくはないですね。ライブドアの例をみるように、儲けてどうするんだということだと思うんです。金がすべてじゃなくて、儲けたらそのお金を使って、どういう形であれ、それぞれのスタンスの中で社会貢献できる方法を見つけなくてはならないんじゃないかなと思います。お金を儲けたあとのそういうビジョンまでしっかりできあがっている方はすばらしいと思いますが、起業家の中には、金がすべてという方もまだまだ多いと思います。」
臼井「私も起業のコンサルをいろいろさせていただいているんですが、会社を作りたいとか社長になりたいとか、お金がほしいとか、形から来ちゃう人がやはり多く見受けられるんですね、特に若い方で。その気持ち自体はわかりますが、それは最終的な目的ではないだろうと。最終的な目的はもっと別なところにあって、そのためにお金を儲けて税金を払い、お金を回していくのが筋だろうと。形から入るというか、金カネっていうむなしさみたいのは感じてます。融資の制度も比較的ゆるやかになっているし、10年前から比べれば起業しやすくなったというのは喜ばしいかなとは思うんですが。」
臼井「長期的なことでも構わないんですが、比較的短期の、今年来年の目標などをお聞かせください。」
長岡「うちもいろいろな変遷があるんですけど、これまでは足下を固めていくために“スクラップ&ビルド”のスクラップを進めてまして、一通りそれは終わったんですが、今年はビルドしていく年だと思っているんですね。まずはそろそろ新規の出店をしていこうと。一番多い時で30店舗くらいあったんですが、6店舗にまで減らしてましたし、今からまた新規出店していこうというところです。ただまあ、焼肉店の場合は新規参入あるいはフランチャイズによって新しくオープンされたところが多いですから、飽和状態はとっくにすぎたと言っても過言ではない状況なんですね。そんな状況の中で新規店舗を出すには、物件をじっくり吟味して、ここだったらいけると物件をしっかり見定めて、手堅く手堅くいこうと思っています。それから、今一番力を入れているのが、いわゆる“中食産業”。外食産業はピーク時に市場規模が29兆円、それが今や25兆円くらいまで落ちてきてますが、かたや中食産業はどんどん伸びている。いうまでもなく人間は景気に関係なく食べる量はそんなにかわらない。その食べるものや場所が変わっていくわけですよね。その中でお惣菜であったりとかお弁当であったりとか、家の中で食べる食品の売り上げがどんどん伸びている。小規模ながらセントラルキッチンもあるし、じゃあそちらのほうに参入していこうと。」
臼井「それはぜひぜひ。楽しみですよね。」
長岡「具体的にはキムチだったりタレ関係であったり、スーパーに置いてもらったり、ネットでの販売で売っていくということになるんですが、同業他社でもやられているところが多い。うちは上野で40数年、焼肉中心でやってきたっていう意味でお客さまに信頼されている部分も多い。そんな中で、“焼肉屋の太昌園のこだわりのキムチ”みたいなネーミングで販売していけば、いけるんじゃないかと。今いろいろリサーチしているところなんですが、好感触を得てきています。」
臼井「キムチっていうと鶴橋とかのお店が有名で、ネット展開とかもされてるんですが、酸味の熟成の具合だとかタイミングだとかで、なかなか均一な味を手に入れることが難しいんですよね。その辺がご苦労される点ではないかと思うんですが。」
長岡「おっしゃる通りです。発酵食品ですので問題なのはパッケージなんです。」
臼井「たしかにパッケージに、いつ製造でいつからいつまでは浅漬け、みたいなことが書いてありますが、またそれも微妙に違ったり、パッケージや発酵の具合によってはパッケージが膨らんでしまったりとか...」
長岡「まさにその通りで、今いろんなパッケージを試作しているところなんです。真空パックとかもテストしてまして、今年の夏くらいにはスタートできるかなと。」
臼井「私、キムチは自分でつけちゃうくらい好きなので、スタートする際にはぜひお知らせください。」
長岡「ええ、ぜひ。また、素材をいろいろ工夫して。キムチってすでに競合製品がたくさんありますから、オーガニック素材を使ったり、いろいろこだわったりして違いを出そうとしています。」
臼井「本当に楽しみです。太昌園さんの店舗で販売されたり、後はネット通販や通販モールなんかで販売されるんですよね。」
長岡「そうですね、展開をいろいろ考えてます。実は今、力を入れて営業をかけようと思っているのが、実はゴルフ場なんです。ゴルフ場ってお土産用に必ずキムチを置いてありますよね。そこにシェアを持てたらなあ、と思って。」
臼井「なるほど。キムチって本当にいろいろありますよね。びっくりするくらい高いポッサムがあったり、おばあちゃんがつけたような懐かしい感じのものがあったり。消費者の好みの数だけ味が増えていっているというか。」
長岡「そうですね。特に大量生産ものには安さで差を付けられてしまうし、競争してもとても敵わないだろうから、やはりうちとしてはこだわりの素材を使っておいしいキムチを作って、高いけど納得してもらえる価格設定をしていきたいと。二極化しているから、価格が高い方の土俵に行こうと思っています。」
臼井「これからもやはり景気回復にほんの少し光明が見えてきているし、いいものは適正な値段でお客様に提供できればいいんじゃないかと。安いものは本当にどうかと思うし。太昌園さんのキムチ、本当に楽しみです。さて、今年はスクラップ&ビルドのビルドの年だというお話がありましたが、多店舗化を急速に行うとか、そういうことではないんですね?」
長岡「そういうことではないんです。焼肉屋にしてもカラオケにしても居酒屋にしても、なんでもそうなんですが、現状ですでに店舗数がありすぎると思うんですね。広い意味での外食産業に対して、芝が青く見えたのかもしれませんが、他産業からかなり参入してきている。外食産業ってそんなに簡単なものじゃないんだけど、まあ実際に今はここまでふくれあがってきてしまっているから、うちの場合は急速な店舗展開を進めるんじゃなくて、やはりここは絶対いけるぞ、というところを確実に狙っていきたい。半々の確率じゃなくて、9割は確実にいけるところだけに出店していくと。あとは、キムチやタレでネットワークを全国に作っていく。店舗は上野の数件、あと都内に数件くらいは欲しいと考えているんですが、それくらいにしておいた方が、この夏から始めるキムチもお値打ち感が出るかなと。」
臼井「どこででも手に入るものよりは、今ここでしか手に入らないというものの方が、買う側にとっては楽しみやありがたみが多いですからね。」
長岡「そう。でも、そこまで喜んでいただけるものを作るのは簡単なことじゃないし、本当に努力していかなくてはならないですね。新規出店も考えてはいるんですが、リスクが大きいですからね。消費税の増税の問題もありますから、その辺も様子をみないと。いつもスタッフに言っているんですが、消費税増税の問題は外食産業にとってこれから大きな問題になってくるぞ、と。可能性としては、外食産業には増税されて中食には増税されないということも考えられる。そういう状況になったら、外食はますます落ち込んで、中食はどんどん伸びることになる。」
臼井「たぶんそうなっていくのではないでしょうか。」
長岡「ね。だから今のうちに中食に参入していかないとまずいぞ、と思っているんです。」
後編に続く→
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