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ドクターユキオフィストップ >> ようこそ! ドクターユキオフィスへ >>尾崎友俐氏

社長、経営コンサルタント、発明家、数々の資格・学位取得者としてジャパン・ビジネスの波間をしなやかに駆ける臼井由妃が、時代を牽引するゲストに迫る対談コーナーです。
毎回、各界をリードする著名人を迎え、とびっきりのトークをお送りします。
連載第六回のお客さまは尾崎友俐氏。
店舗プロデュース、コンサルティングを手がける株式会社オリエンタルダイニングアンドリゾーツの代表取締役で、飲食業界で気を吐く注目の若手女性経営者です。
「ナカタドットネットカフェ」「livedoor Cafe」などをプロデュースしたその経営手腕は、業界を問わず注目されています。ちなみに、臼井由妃とは『マネーの虎』で共演した間柄。
ドクターユキならではのシャープ&ホットな質問、にゲストの意外なホンネが飛び出すスペシャル・トークをお届けします。
PROFILE
尾崎友俐
YURI OZAKI
東京都生まれ。株式会社オリエンタルダイニングアンドリゾーツ代表取締役。歩合制営業員などの経験を経て、“会社を作りたい”という夢を携え世界一周貧乏バックパック旅行へ。エジプトでビールやワインの歴史に感銘を受け、1995年に帰国。身の回りのものを売って作った資金を元手に、隻数70席の炭火焼肉屋を手作りでオープン。同時に、有限会社ユウエヌエイを設立し、エジプトの無農薬ハーブ第1号としてコンテナーを輸入開始。1998年には酒類販売許可免許を取得し、ビール発祥の地エジプトから「STELLA」
の輸入を開始する。以後焼肉店や串揚げ店、多国籍レストラン、カフェなどを次々にオープン。2001年、直営店総数12店舗、フランチャイズ店募集開始。狂牛病が問題になるや、焼肉店を3日にして焼鳥店等へ業態変換し、マスコミに「いち早い決断、成功企業」として数多く取り上げられた。同年、自立した女性の輩出を目指し「女性起業塾」を開校。翌年には「オリエンタルの飲食開業塾」「カフェ起業塾」を開校するなど、後進の指導にも力を注いでいる。2003年には直営店舗を全店舗売却し、コンサルティング・プロデュースに主力を移行。
現在は実体験に基づいた店舗プロデュース、コンサルティングを手掛けている |
PROFILE
臼井 由妃
YUKI USUI
1958年生まれ。東京都出身。東京家政学院短期大学家政学部卒業。株式会社健康プラザコーワ代表取締役。短大卒業後、さまざまな職種を経験し1991年、33歳で28才年上の夫と結婚。同年、病気を機に一線を退いた夫にかわり健康器具販売会社経営の道に。1995年に発明した男性機能補助用具「パワーリングネオ」は、2005年現在40万個を売る大ヒット商品に。1998年「健康医科学博士号」、ハワイアンカレッジより「名誉学術博士号」、2000年「経営学修士(MBA)」、2001年「理学博士号」を取得。平凡な主婦が社長に転身、5年で100億円企業に成長させる。現在、起業プランナー、経営コンサルタント、発明家、作家として活躍中。健康・美容・ダイエットの分野にも精通し、若い女性に多くのファンをもつ。全国で行われる講演は年間約100件にのぼり、官公署、地方自治体、学校法人、中小企業団体など幅広く行っている。2003年、日本テレビ系「マネーの虎」に出演。温かさと厳しさが備わったコメントにより人気を博す。「忙しい人の即効!勉強術」「Dr.ユキの楽学合格法―資格で億万長者になる」「金なしコネなし経験なし社長の超・経営術」等著書多数。 |
臼井「今回は、“友人”と言ったら失礼なんです、私の尊敬する尾崎友俐社長をお迎えしています。お聞きしたいことがいくつもあるんですが、まず一つ目のご質問は『お互いの第一印象』について。言いにくいことも沢山あるかとは思うんですけれども…。初めてお会いしたのは『マネーの虎』に出演していた頃だから、ずいぶん前になりますよね。」
尾崎「う〜ん、第一印象…それはもうもちろん、“コワイ”ですよね(笑)。と言うか、いつも私は
あの『マネーの虎』のメンバー中で結構怯えていました。」
臼井「怯えていた…。いきなり裏話が出てしまいました(笑)。でも、こういう話が面白いですよね!」
尾崎「臼井社長が、と言うわけじゃなくて、毎回いろいろな方が出演されていたので、毎回怯えていたんですけれども(笑)。特に、女性の虎だけの回をやりましたよね? あの時は生きた心地がしませんでした(笑)」
臼井「なるほどー。じゃあ、私が持った尾崎社長の印象を。最初はテレビ越しにお見かけしたんですが、もちろん私もそうだったんですが、テレビって割とぽっちゃり映りますよね。すごく損してますよね、お互いに!」
尾崎「ほんとにね〜(笑)」
臼井「でもそれで、なんだかすごい優しい人だなっていうか、柔らかい人だなっていう印象がありました。」
尾崎「え〜、ありがとうございます!」
臼井確かその時、ピンクのシャツを着てらして、それがとってもお似合いで。すごく柔らかい社長だな、だけど仕事をさせたら怖いんだろうなっ…ていうのがありました(笑)。お互いにかもしれないけど。」
尾崎「私は、初めて共演させていただいた女性社長が臼井さんだったんです。それまで男性ばっかりで。初めは緊張して『怖そうだな。』とか思ってたんですけども、他の女性の社長と比べたら一番気さくで一番話しやすい社長だな、ということがよく分かりました。」
臼井「ありがとうございます(笑)。これはお互いに多分率直なところだと思います。私もどちらかっていうと、“女性企業家”とか“女社長”っていう言葉はあまり好きじゃないんですね。だって、世の中には男と女しかいないのに、社長と言うとまだまだ男性が当たり前で、女だからといって『女』っていう冠がつくこと自体がね…。逆に言えば、それをネタに自分を売り出していくというのは私は大いに賛成なんですけど。女っていうのを抜きにしても、正当に評価されるような社会になってくれればいいなと思ってるんです。そんなこともあって、“女性の虎”の時はいきなり女社長が5人だったから、怖かったですね(笑)」
尾崎「怖かったですね〜、すっごく疲れました(笑)」
臼井「すっごく疲れましたね! なんだか今日はこの話で終わっちゃうかもしませんね(笑)」
臼井「じゃあそろそろ本題に入りたいと思います。いろんなところで聞かれていると思うんですけれども、起業されたそもそものきっかけというのをお聞かせ願えないでしょうか。」
尾崎「きっかけはですね…。私は1999年の7の月に地球が滅亡するという『ノストラダムスの大予言』を信じて生きていて、小学校5年生くらいから本当に意識してたんですね。1999年の死ぬ瞬間に、『ああ、本当におもしろい、おもしろおかしい人生だった。』という風に死にたいと心から思ってました。そんなわけで、目の前のことを、お勉強以外は一生懸命やる子だったんです、特に遊びを。部活動とかも一生懸命だったし。で、1999年まであと5〜6年しかないって時にですね、今までさんざん楽しいこやって、色々と賞を獲ったりしてきたけど、もう一歩、もっと難しいことに挑戦してみたいなと思ったんです。そこで、何業でもいいから社長業というのをやってみよう、と思ったのがきっかけですね。」
臼井「じゃあ業種は特に考えてはなかったっということですか。」
尾崎「はい。で、その業種と言うか売る物を探す、商材を見つける、という目的で世界一周旅行に出かけました。」
臼井「世界一周旅行のお話は伺ったことがありましたけど、そういうことだったんですね。世界一周って期間にするとどれくらいでした?」
尾崎「半年ぐらいですね。」
臼井「これだっていう心を動かされたものは見つけることができたんですか?」
尾崎「そうですね、エジプトのビールとワインかな。特にワインは、クレオパトラとかツタンカーメンとか、代々の王家が所有していたブドウ畑が国営の畑になっていて、そのブドウで作ったワインを国営品として世界中に出荷しているんですね。日本ではそうでもないんですけど、世界ではものすごく貴重だとされているワイン。それまで、ビールの発祥と言えばドイツやベルギーだと思ってたんですが、本当はもっともっと古い時代にエジプトで作られていたことを知って驚いて。しかも日本にはまだそれほど入ってきていない。じゃあ、これを輸入したいと思って日本に持ち帰ったんです。」
臼井「それを輸入するにあたっては、こう言ってはなんですけども、若くてまだあまり経験もない女性にとってはいろいろご苦労があったとは思うんですけども、その中のエピソードなんてありましたら一つお願いします。」
尾崎「海外ではいろんな経験をしましたけど、とは言っても半分はやはり遊びの旅行でしたので。その代わり、日本に帰ってきてからは四苦八苦しました。まずそのビールの免許を申請するのに税務署に行ったんですね。そうしたら、最低でも黒字の決算書を二期分出さないと申請書さえも渡せません、と言われたんですが、そこでもう愕然としちゃって。世界一周旅行から日本に帰ってきたばかりで、所持金も7千円くらいしかなかったんですが、帰国当日に税務署に行って、で断られてしまった。一旦は途方にくれたんですけども、半年ぶりに実家に帰ったらですね、バイクとかバッグとか色々な物があるので、じゃあもうこれを全部売っちゃったらいくらになるんだろうと思って片っ端から売りまくったら、180万円に。」
臼井「すごいですね! そんなに物があったのかな(笑)」
尾崎バイクが2台あったんですが、1台はハーレーでそれなりの値段がついたんです。で、その180万円で何ができるかを考え始めたんですが、当時は有限会社設立も資本金が300万円が必要でしたよね。まだ300万円到達してないけれども、とりあえず何か始めないとダメだと思って。もともと私はなかなか就職できなかったんですね。短大を卒業して新卒の頃は、ヨットとかばっかりやってふらふらしているというように見えたんでしょうね。ちゃんとした職歴がないので、どこにもお勤めができないんです。でも、それにもうお勤めしてもしょうがないなと思ってましたし。じゃあ、自分の中では感覚的に今の10倍以上の価値がある180万円という大金をどうしようかと。で、材木の倉庫の跡地だったんですけど、テナントを募集している物件が近所にあったんですが、敷金・礼金全部含めて80万円、家賃は18万円という破格の値段で借り手を探してたんです。まずはそこを借りることを即決しました。電気も水道もガスもなくて、だた土間だけっていう物件だったんですが、目の前にはバスの通る幹線道路が通っていて、向かいの公園には公衆のお手洗いがあって。」
臼井「なるほど。」
尾崎「駅まで300mくらいあったんですが、その間に銭湯があったんですね。だからお風呂の心配もトイレの心配も、雨の心配もないし、親はまだ帰ってきていることを知らないし。日本に帰ってきたってことを言ったら多分ぎゃあぎゃあ言いますから、そのままこそっとそこに住み始めたんです。で、寝袋の中に寝ながら『どうしよっかな〜』って考えて、食べ物屋をやるのが一番いいだろうと思ったんですね。」
臼井「まあ、現金収入が必要ですからね。」
尾崎「物を仕入れて売れなかったとしても食べちゃえばいいんだと思って。とりあえずお腹は満たされるから、それが一番いいなと思ったんですけれども、ただ、調理師免許も何もないですし、焼き鳥屋とフライドチキン屋でちょっとバイトしたことがあるくらい。でも、世界中を旅して周った時に見かけた、簡単な揚げ物とかを売っている屋台みたいな商売が原点みたいに思えてきて。そんな商売でも行列ができて、やってるおばちゃんの生活がちゃんと成り立ってるので、あれでいいやと思ったんです。それで、とにかく水道を通さなきゃいけないかなと。上下水道のもとまでは大家さんが通してくださったんですけども、トイレを設置するとか、床をあげるとかなどなどの基本的な工事をするのに、見積もりを取ったら、500万円とか1300万とかっていう金額が返ってきたんです。じゃあこれは自分でやるしかないなと思って、ホームセンターで塩ビのパイプとか買ってきて、全部ジョイントさせて、蛇口を買ってきて水が出るようにして。便器も買ってきてちゃんとトイレを作ったりとか。プラモデルみたいに材料費だけだったから、全部で20万円弱くらいで作っちゃったんです。」
臼井「どうですか、その時を今振り返ってみると。よくやったなって感じですか?」
尾崎「そうですね、同じことをまたいちからやるのはとてもじゃないですね。ただ、あの時の感覚はすごく大事にしていて、店舗が増えても、基本的な工事からアルバイトを含めたスタッフみんなで始めるようにしてるんです。その方がスタッフも店舗を大事にするし、率先してそうじをしてくれたりとか。巻き込み型ですね。」
臼井「経営者とスタッフの間柄って、ビジネス的には義理だとかに流されないある種の冷たさも必要だと思うんですが、やはりいい意味で“巻き込む”といいうのはすごく必要だと思いますね。大企業ならいざ知らず、日本の企業なんて99.7%が中小企業なわけだから、楽しく巻き込んじゃった方が勝ち、て言うかね。で、巻き込まれる方も楽しく巻き込まれると、なんかいつの間にかこんなすごいことになっちゃいました、みたいなね。今のお話を聞いてて、すごく勉強になったし、自分にも若干似たところがあるので、今日はこの話を聞いただけでも収穫があったって気がします(笑)」
尾崎「ありがとうございます(笑)」
臼井「私もね、短大卒業で、就職した会社ですぐ大失敗して『お前、明日から来るな』って言われて本当に行かなかった女で、以後、それが原因で就職させてもらえないんですよ。3日でやめたってのが履歴書に残っちゃうわけだから。で、まともな就職できないから、尾崎社長とまさに同じ状態で。ただ、違うのは尾崎社長は早く気付いたけど、私はかなり後になるまで気が付かなかったことですね。ですから、失礼ながら似たところがあるなぁと(笑)。最近セミナーなんかでも尾崎社長やられていると思うんですけど、企業を起こすようなね、いわゆる起業ブームって私は言いたくないんですけども、自分で株式会社ができるだとか、今度また会社法も変わりますよね? そういうことで、経営者を目指す方ってものすごく増えているわけですが、そういう方たち、あるいはそういうブームに似たものをどうとらえていらっしゃいます?」
尾崎「う〜ん、そうですね。ブームが来るだろうなっていうのは結構早い段階から意識してました。というのは、2001年に『女性起業塾』というのを始めたんですが、その頃はまだ起業塾なんて世の中になかった。まあ、それがきっかけかどうかはわかりませんが、後々『マネーの虎』にも出演させていただくことにもなった。おかげさまで女性起業塾にとってはいい循環ができたんですけども、女性にとっては男尊女卑とかいろんな問題があったりして、だんだん社会のフラストレーションが溜まるって言うか…。男性にしても年功序列や終身雇用が崩壊して、一人一人が自分の責任でどこまでできるかどんどんチャレンジせざるを得ない時代が来るんじゃないかな、とは思ってましたね。」
臼井「相談に来られる若い方も結構多いんじゃないですか?」
尾崎「多いですね。」
臼井「差しさわりのない程度で、悩みとか相談の内容を教えていただけませんか?」
尾崎「最近いろんな本が出てることもあって、皆さんある程度の知識は持ってるんですよね。『○○さんの本読んだ』とか、日本経済新聞をとっていたりとか、皆さんお勉強は熱心なんですけども、大体共通して言えるのが、『どうしようどうしよう』って悩んでいるだけで1年も2年も3年も過ぎてること。相談している間に早くやればいいのにって思いますけどね。」
臼井「そうそう! やはりそうですよね、まさに同じです。あなたはそれだけの知識も経験もおありで、しかも資金も相当用意されていて、計画の絵図面もある。なのに、なぜ私に聞くの?っていうような感じの人は、背中を押してもらいたいだけ。私はね、人に背中を押してもらったんじゃ絶対ダメだと思うんですけど、そういう人って多くないですか?」
尾崎「そうなんですよ。どちらかと言うと最悪の例なんですけども、そういう人に限って、『だって尾崎さんが勧めてくれたから』とか、後から言ってくるんです(笑)。こっちがびっくりですよ。何事も自分の責任でやるものだし、仮に私が100%補償しますって言ったとしても、最終的に決断を下すのは経営者である自分なんだから、最初の考え方から間違っているんですよね(笑)。もう何を言ってるの?って感じで…」
臼井「そうそう。例えば、『臼井社長の本読みました。何ページのこういうところ読みました。非常に参考になりました。それを実践したいと思います』と。ところが、『で、あの通りにやったら成功しますかね?』とくるわけですね。そういう問いかけには、『パーソナリティが違うし、立場も違うし、その時によって社会情勢も違うし、何よりあなたと私の個性が違うから、うまくいくかどうかはわかりません』って返事するんですよ。ところが、そういう人に限って、ブログなんかに書かれちゃうのね。『臼井の本を読んで書いてある通りにやったけど、どうもうまくいかない』とかね。だから、どうなのかなぁ…。私が鉄則としてるのは、考えながら走るって言うのかな、でまた考えるためのインターバルをおいてまた走る、というようなスタンスが絶対必要だってこと。考えて動くのももちろん必要です。何も考えずに動くということほど愚かなことはないと思うんだけど、若い方だったらそれはしょうがないかもしれない。でも、どうもお金があったり経験があったり知識がある人に関しては、考えるだけ考えて走っていかない人が多い気がします。」
尾崎「そうですね、本当にそう思いますね。私なんかあまり人には相談しないですからね。相談しないで自分でやっちゃった後で、誰かに話すとしても、言いたくてしょうがないから話すとか。」
臼井「言う時点でもう決まってますもんね。決まってるか、むしろ尾崎さんだったらもうやってますよね。お店だったら手付け打って、もう内装も決めて、でもう決めてるんだ、と。相談じゃなくて、私はやるのよっていう意思表示というか。」
尾崎で、うまくいくって決まってるんですよね。決まってるっていうか勝手に思いこんでいて、うまくいくのかなどうしようかなって、不安になりながらながら進むようなことはしない。思いこむっていうのは大事だと思うし、私はもっとも簡単というかシンプルというか合理主義なので、不安の波紋を広げないようにはしますけどね。でも、不安の波紋にはまるのがお好きな方が多いと言うか…」
臼井「『幸運の伝染』はおおいにさせたいですね。Happyの伝染はね。これはいい意味でおおいに伝染させたいです。私と話して元気になるとか、ニコニコするとか、幸せだってのは伝染させたいんだけども、不幸はね『伝染』じゃなくて『感染』だと私は思っているんですよ(笑)。不幸は感染するんですね。だから、新しい事業を始める時には不幸な顔をしている人に会わないようにしてます。そういう人とは話しただけで感染しちゃいますから、もう空気に触れただけで(笑)。変な話、この人ちょっと不幸顔だなと思ったらなるべく近づかないようにしたりしますよ(笑)」
尾崎「そんなこと言っちゃっていいんですか(笑)」
臼井「いいんです、いいんです(笑)。じゃあ、楽しさ、Happyにみんなを巻き込みながら自分でバンバンやって、すでに決めちゃってから人に言う、そういうパターンですか?」
尾崎「じゃないと、うちの親がですね、ろくな親じゃないと言ったらあれなんですけども、いい親なんですよ、いい親だからこそ私を本当に“箱入り”にしようとするから。例えば、『携帯電話流行ってるから買ってもいい?』っていうと絶対『ダメ!』って言う親だし。」
臼井「携帯電話が? 今ですか、それとも仮にですか?」
尾崎「仮の話なんですけど、とにかく何でもかんでもだめなんですよ。『バイクの免許取りたいんだけど』『ダメ』、『みんなで旅行に行きたいんだけど』『ダメ』、『女の子同士でディズニーランドに日帰りで行きたいんだけど』『ダメ』…。全部『ダメ』できたから、相談するとろくなことがないっていうことを子どもの時から思っていて。」
臼井「ある意味それは、お父様お母様としては、尾崎社長を育てるためにわざとやってたかもしれませんよ(笑)」
尾崎「意図してやってたらすごいですけど(笑)」
臼井「こう、モチベーション上げさせてやる気を起こさせるためにね。『この子は、ダメと言われるとやる気になる』とか。『勉強しろって言うとしない』とか、考えてて。『勉強しなくていいよ、好き勝手やれというとやる』と、そのへんを考えられたんじゃないですか。」
尾崎「母はもしかしたらその辺わかってたかもしれないですね。」
臼井「だったらそれはすごいですね、お母様。素晴らしいですね。」
尾崎「父はね、本当に反面教師。」
臼井「うちの親に聞かせたいですね。うちの親はもう、何でもやっていいよと。反対してほしいんですね、時々。『いいよ、勝手にすれば。あなたの人生だから。』そうに言われちゃうと、引っ込みつかないですよ逆に。つらいですよ、結構。」
尾崎「うらやましい。なんておおらかな。」
後編に続く→
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